言いたいことは山のごとし(^^)

コントラバスと歌う日々

アマチュアのコントラバス奏者が好きなことを書くブログ

環境を変えたら、今までのことが嘘のように楽しくなった

今、何かを否定されて、辛い思いをしている人は、いるでしょうか?

 

私は、「コントラバスが好きだ」という気持ちが否定されている気がして、辛くなってコントラバスから離れていた時期があります。

 

でも、アマオケに入団して、全てが変わりました。環境って、めちゃくちゃ大事です。

 

今回は、そのことについて、書いていこうと思います。

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私は、コントラバスを弾いていなかった時期がある

私は、高校を卒業してから、コントラバスを演奏していなかった時期があります。理由は、「コントラバスの練習をしても、報われない」と思ったからです。

 

高校生のとき、吹奏楽部に入部し、コントラバスを担当することになりましたが、先輩がおらず、コントラバスに詳しい人もいませんでした。

 

コントラバスのことは大好きだったのですが、指導者がいないため、全て独学の状態でした。

例えば、こんな感じです。

 

・教則本を譜面台に置いて、写真を見て、見よう見まねで弾いてみる。

・指番号について、よく分かってなかったので、全ての音を人差し指で押さえる

・トランペットやチューバの先輩の「こうしたら良いんじゃない?」という、(今思えば)間違った指導を信じて練習してみる。

 

こんな環境で、上達出来る訳がありませんでした。

もどかしい思いをすることが苦しくなって、楽器から離れた

でも、当時は上達できない理由が分からず、もどかしい思いをすることになります。

 

「こんなにコントラバスのことが好きなのに、全然上手にならない」と、ずっと悩んでいました。

 

「コントラバスが大好きだ」という気持ちだけ空回りして、コントラバスに届かない。好きだ、という気持ちを否定されているような感覚でした。

 

楽器に対して、片思いしているような気持ちになってしまい、苦しくなっていきました。

 

しかも、私がいた高校の吹奏楽部では、顧問の先生もコントラバスについて詳しくありませんでした。

なので、合奏中、指示をもらうこともありません。

「結局、演奏が上手になったとしても、コントラバスは、必要とされてないから、上手になる意味がない」そういう気持ちが強くなっていきました。

 

「もう、コントラバスはやりきったな」と思うようにもなりました。

 

そのため、高校を卒業して、コントラバスから離れることになります。

また、コントラバスを弾くことになる

そのあと、数年間、コントラバスに触れることはありませんでした。でも、その間ずっと「機会があれば、また弾きたいな」と思っていたのです。

 

コントラバスを演奏することが苦しくなって離れたはずなのに、離れたら、寂しい。そんな気持ちです。

恋人と離ればなれになったような感じですね。

 

そんな時、友人から「アマオケでコントラバスを募集してるけど、マハナさん、来れる?」と誘われることになります。

入団した結果

アマオケでコントラバスをまた弾き始めたら、全てが変わりました。

 

アマオケでは、周りは弦楽器奏者だらけなので、楽器の扱い方についても詳しいし、指揮者もコントラバスに詳しいです。

 

「なに、ここ天国?!」と本気で思いました。

 

団員みんな、コントラバスを頼りにしているし、コントラバスを必要としている。

アマオケは、そんな環境だったのです。

 

もちろん、その分、曲の中で重要なことを任されるので、大変なことも、たくさんありました。

 

でも、練習したら報われる、という環境に来ることが出来たのは、本当に幸運だったと思います。

環境で全てが変わる

この経験から私の「コントラバスが大好きだ」という気持ちに間違いはなかった、と思えるようになりました。

 

なんだか「好きなものは、好きで良いんだよ」と全力で肯定された気持ちになったのです。

私は、何も変わってません。私とコントラバスを取り巻く環境が変わっただけです。

 

もし、「何かが好きだ」という気持ちを否定されて、辛い思いをしている人がいたら、環境を変えてみるのも、一つの手です。

 

あなたの「これが好きだ」という感情は、何も間違ってないよ、と肯定してくれる場所が、どこかにあるかもしれないですよ。